2006-06-22
淡き光を浴びながら、我を湯浴みさせていた女、汝は母なり。
第60回「生まれて初めての記憶は何?」
「淡き光を浴びながら、私を湯浴みさせていた女、その女が母であったであろうと思われる」と、
かの文豪ビクトル・ユーゴは、自分の生まれて初めての記憶が産湯だったと言っているという話を聞いたことがある。
ホンマかいな!と、眉に唾を塗ったくりたくなってしまうが・・・
近年、赤ちゃんが自分が生まれでる瞬間を記憶しているという証言が数々聞かれているところをみると、案外、大嘘でもなさそな気もする。
私も、子供でも生んだ日にゃ、尋ねてみたいものであるが・・・・
さて、私の生まれて初めての記憶。
ユーゴほどではないけれど、かなり小さい時の記憶を鮮明に持っている。
「淡き光を浴びながら、私を湯浴みさせていた女、その女が母であったであろうと思われる」と、
かの文豪ビクトル・ユーゴは、自分の生まれて初めての記憶が産湯だったと言っているという話を聞いたことがある。
ホンマかいな!と、眉に唾を塗ったくりたくなってしまうが・・・
近年、赤ちゃんが自分が生まれでる瞬間を記憶しているという証言が数々聞かれているところをみると、案外、大嘘でもなさそな気もする。
私も、子供でも生んだ日にゃ、尋ねてみたいものであるが・・・・
さて、私の生まれて初めての記憶。
ユーゴほどではないけれど、かなり小さい時の記憶を鮮明に持っている。
私は、よく夢を見る。そして、同じ夢を何度も見る。
その同じ夢のレパートリー!?のなかに、小さいときのコトを夢に見る。
『誰もいない青果市場の広場で、カメラのケースだけを首からぶら下げ、土にお絵書きをしている。
それもつまらなくなって、婆ちゃんの手を引いて「ママを探しに行こう」と近所のボウリング場へ行く。
ボウリング場を探しても、ママはいない・・・婆ちゃんに「ママはすぐに帰ってくるから、婆ちゃんちへ帰ろう」と言われ、とぼとぼ帰る』
この夢を何度も見るので、親に聞いてみると、母の実家の裏手に青果市場があって、私は良くそこで遊んでいたようだ。そして、母は私が多少、手がからなくなった頃から弟を妊娠するまで、実家近くのボウリング場で受付のパートをしていたらしい。
しかし、私の記憶は、母が仕事へ行くと言って、仕事ではなく他の場所へ出かけていて、そのボウリング場のエントランスへ続く階段の途中で、パチンコ玉を拾って、祖母に「汚いから捨てなさい」と無理矢理捨てさせられたところまである。
再度、母に確認すると、璃璃は、物わかりの良いお子ちゃまで、「ママはお仕事へ行くからね」と言って出かけると、大人しく見送っていたそうな。
しかし、ある時、クラス会に出かけるところを、璃璃にめっかってグズられたので、「お仕事へ・・・」と言ったことがあると、判明。
なんちゅー奴っちゃ。幼気な幼子を騙くらかすなんて・・・。凸(ーー;
で、これが2歳前後の記憶らしい。
で、夢ではないけれど、鮮明に覚えていて、間取り図も書ける家が記憶のなかにあるのだが、
私が物心ついてから記憶にあるどの我が家でも、ジジババの家でも、伯父叔母の家でもない。どこにも私の記憶にあてはまる間取りはない。
ある正月に、この話になって、母は、覚えがないと言っていたが、父が「そりゃ、河内(田舎の地名デス)の家じゃないか?」と言い出し、
覚えてる限りで、間取りを書いてみろと言うので、書き始め、「こんな感じのふすまが・・・」とか、「この台所のところにこんなものが・・・」と言っていると、
母も「うん。そら、河内の借家やね」。
この河内の借家に住んでいたのは、私が1歳になるかならずやの頃までらしき。
ってコトは、これは、1歳前後の記憶・・・。
さて、ここからちょいと遡って・・・
真っ暗いなかで、みんなで懐中電灯を持って、川をうろうろしてた記憶もある。
そのとき、父の弟である叔父が、「コインを落とした〜!」と大騒ぎ。
何かの記念コインを持っていて、それをポケットへ入れたまま、河原をウロウロしてるうちに、落としたらしき。
これは、父母もあまり覚えがないというので、叔父本人に、そーゆー記憶はないかと尋ねたところ、「あぁ・・・あるっ!その日の昼に、売り出しになったオリンピックの記念コインを買いに行って、帰りに兄貴(璃璃父)んとこへ寄ったら、みんなで沢ガニ獲りに行こうって、行ったから、そのコインがポケットに入りっぱなしなのを忘れてたんだよな・・・。
落とした!って大騒ぎして、兄貴に、迷惑な奴ちゃって怒られたから覚えてる」
ふーむ・・・・とりあえず、璃璃はとあるオリンピックの前年の生まれ。そして、璃璃は2月生まれ。沢ガニ獲りは、夏。
って、ことから、この記憶は、6か月前後ってコトになる。
(後に、叔父のアルバムを見せてもらって、確認したから間違いない!・・・・はず)
おぉ。恐るべし。璃璃。6か月前後の記憶があるぢょ。
しか〜しっ。まだ、以前の記憶があるのよ。アタクシ。
それは・・・ホントにぼんやりだけど、間違いない私の記憶。
だって、それがトラウマになって、未だに苦手だもの。
「淡い黄色の蛍光灯の明かりの下、璃璃父はうれしげに璃璃を抱きあげた。璃璃は、パパッ子だったので、それは、それは嬉しかったのでございます。しかし、喜んだのもつかの間。
電灯のとなりにぶら下がる、怪しげな籠に璃璃は放りこまれたのでございます。
『げっ。高い・・・』『おい。コラ揺らすな、危ねーじゃねぇか!』という璃璃の思いは遠く、璃璃父は、それを揺らしまくる。『ほら、璃璃、いいだろ。楽しいだろ』『楽しくねぇー!降ろせ!』しかし、璃璃父は気づかず。『ぐぇっ。気分ワリィ・・・ゲロっちゃいそ・・・』璃璃母登場!『あら、パパ、璃璃が真っ青。酔っちゃったんじゃないかしら!?』
大慌てで、降ろす父。」
そのときの記憶は、そこまでだけど、以来、璃璃がその揺かごに載せられることはなかった。
いや、この時以来、揺れるモノは、ブランコでもダメで、ブランコも長く乗ると酔って気持ち悪くなってしまう璃璃なのでした。
で、これは、いつの話かってーと、璃璃御年3〜4か月のことらしき。
ってコトで、私の「生まれて初めての記憶」は「人生最初のトラウマ」になった『揺かご』。生後3〜4か月。
「蛍光灯の淡き黄の明かりを浴びて、我の揺かごを揺らす男、汝は我が父なり・・・」
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その同じ夢のレパートリー!?のなかに、小さいときのコトを夢に見る。
『誰もいない青果市場の広場で、カメラのケースだけを首からぶら下げ、土にお絵書きをしている。
それもつまらなくなって、婆ちゃんの手を引いて「ママを探しに行こう」と近所のボウリング場へ行く。
ボウリング場を探しても、ママはいない・・・婆ちゃんに「ママはすぐに帰ってくるから、婆ちゃんちへ帰ろう」と言われ、とぼとぼ帰る』
この夢を何度も見るので、親に聞いてみると、母の実家の裏手に青果市場があって、私は良くそこで遊んでいたようだ。そして、母は私が多少、手がからなくなった頃から弟を妊娠するまで、実家近くのボウリング場で受付のパートをしていたらしい。
しかし、私の記憶は、母が仕事へ行くと言って、仕事ではなく他の場所へ出かけていて、そのボウリング場のエントランスへ続く階段の途中で、パチンコ玉を拾って、祖母に「汚いから捨てなさい」と無理矢理捨てさせられたところまである。
再度、母に確認すると、璃璃は、物わかりの良いお子ちゃまで、「ママはお仕事へ行くからね」と言って出かけると、大人しく見送っていたそうな。
しかし、ある時、クラス会に出かけるところを、璃璃にめっかってグズられたので、「お仕事へ・・・」と言ったことがあると、判明。
なんちゅー奴っちゃ。幼気な幼子を騙くらかすなんて・・・。凸(ーー;
で、これが2歳前後の記憶らしい。
で、夢ではないけれど、鮮明に覚えていて、間取り図も書ける家が記憶のなかにあるのだが、
私が物心ついてから記憶にあるどの我が家でも、ジジババの家でも、伯父叔母の家でもない。どこにも私の記憶にあてはまる間取りはない。
ある正月に、この話になって、母は、覚えがないと言っていたが、父が「そりゃ、河内(田舎の地名デス)の家じゃないか?」と言い出し、
覚えてる限りで、間取りを書いてみろと言うので、書き始め、「こんな感じのふすまが・・・」とか、「この台所のところにこんなものが・・・」と言っていると、
母も「うん。そら、河内の借家やね」。
この河内の借家に住んでいたのは、私が1歳になるかならずやの頃までらしき。
ってコトは、これは、1歳前後の記憶・・・。
さて、ここからちょいと遡って・・・
真っ暗いなかで、みんなで懐中電灯を持って、川をうろうろしてた記憶もある。
そのとき、父の弟である叔父が、「コインを落とした〜!」と大騒ぎ。
何かの記念コインを持っていて、それをポケットへ入れたまま、河原をウロウロしてるうちに、落としたらしき。
これは、父母もあまり覚えがないというので、叔父本人に、そーゆー記憶はないかと尋ねたところ、「あぁ・・・あるっ!その日の昼に、売り出しになったオリンピックの記念コインを買いに行って、帰りに兄貴(璃璃父)んとこへ寄ったら、みんなで沢ガニ獲りに行こうって、行ったから、そのコインがポケットに入りっぱなしなのを忘れてたんだよな・・・。
落とした!って大騒ぎして、兄貴に、迷惑な奴ちゃって怒られたから覚えてる」
ふーむ・・・・とりあえず、璃璃はとあるオリンピックの前年の生まれ。そして、璃璃は2月生まれ。沢ガニ獲りは、夏。
って、ことから、この記憶は、6か月前後ってコトになる。
(後に、叔父のアルバムを見せてもらって、確認したから間違いない!・・・・はず)
おぉ。恐るべし。璃璃。6か月前後の記憶があるぢょ。
しか〜しっ。まだ、以前の記憶があるのよ。アタクシ。
それは・・・ホントにぼんやりだけど、間違いない私の記憶。
だって、それがトラウマになって、未だに苦手だもの。
「淡い黄色の蛍光灯の明かりの下、璃璃父はうれしげに璃璃を抱きあげた。璃璃は、パパッ子だったので、それは、それは嬉しかったのでございます。しかし、喜んだのもつかの間。
電灯のとなりにぶら下がる、怪しげな籠に璃璃は放りこまれたのでございます。
『げっ。高い・・・』『おい。コラ揺らすな、危ねーじゃねぇか!』という璃璃の思いは遠く、璃璃父は、それを揺らしまくる。『ほら、璃璃、いいだろ。楽しいだろ』『楽しくねぇー!降ろせ!』しかし、璃璃父は気づかず。『ぐぇっ。気分ワリィ・・・ゲロっちゃいそ・・・』璃璃母登場!『あら、パパ、璃璃が真っ青。酔っちゃったんじゃないかしら!?』
大慌てで、降ろす父。」
そのときの記憶は、そこまでだけど、以来、璃璃がその揺かごに載せられることはなかった。
いや、この時以来、揺れるモノは、ブランコでもダメで、ブランコも長く乗ると酔って気持ち悪くなってしまう璃璃なのでした。
で、これは、いつの話かってーと、璃璃御年3〜4か月のことらしき。
ってコトで、私の「生まれて初めての記憶」は「人生最初のトラウマ」になった『揺かご』。生後3〜4か月。
「蛍光灯の淡き黄の明かりを浴びて、我の揺かごを揺らす男、汝は我が父なり・・・」
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